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2001年1月6日の中央省庁再編において、通商産業省の廃止に伴いその後継存続機関として新設されたもの。産業政策、通商政策、産業技術、貿易などを所管する。前身の通商産業省は、かつては日本経済ないし「日本株式会社」の総司令塔として高度経済成長の牽引役とされ、海外でも「ノートリアス ミティ Notorious MITI」ないし「マイティ ミティ Mighty MITI」と呼ばれ、その名は日本官僚の優秀さの代名詞として広く轟いていた。 その持てる許認可や行政指導をあまねく駆使し、さらに政府系金融の割り当て融資、予算手当て、補助金などを力の源泉として主に産業政策を掌り、のみならず通商や貿易、技術革新に応じた科学技術開発に加え、特許、エネルギー政策、中小企業政策など幅広い権限を保持してきた。他省庁の領域にまで踏み込む政策で「ケンカ官庁」「アイディア官庁」の異名をとっていた。他の省庁のように許認可行政や補助金行政ができないことから、否応なしにアイディアで勝負せざるを得ない。そのため、毎年五月六月頃から様々な新政策のアドバルーンを打ち上げてくる。また通産省中堅官僚が世界各国のジェトロを経由した産業調査員として調査活動に従事している。経済産業省は自由な気風も後押しし、実業方面や政治家、起業家などに優秀な人材を数多く輩出してきた。この理由から、経済産業省では、優秀な人ほど転出するということもよく言われているが、一方で他省庁同様、主流派に乗り切れなかった一群にすぎないと指摘されることもある。
バブル期には、折からのブームに途中乗車する形でトレンディードラマの制作に進出したこともあったが、好結果を収めた先発局のそれとは対照的に、視聴率が振るわず、その試みは短期間で頓挫した。1990年代には小説などを題材とし、映画監督などを監督とした『日本名作ドラマ』シリーズといった意欲作も手掛けている。資金・製作ノウハウの絶対的な不足に苦しみながらも好評を博した作品が少なくなかった旧東京12チャンネル時代とは対照的に、5番目の民放ネットワークとして再出発した80年代初頭からの十数年間はこの分野で確たる実績を挙げる事ができなかった。製作能力の低下が極限に達したとされる95年にはゴールデンタイムの番組であるのにも関わらず1%台の視聴率を連発。先発局並みのキャスティングと作劇で舞台を月曜21時枠に移して挑んだ『刑事追う!』・『事件・市民の判決』も強力な裏番組を相手に完敗。但し、主に木曜洋画劇場枠で特別企画として不定期放送されていた単発作品には高視聴率を記録した物もいくつかは存在する。1998年1月から『ドラマシリーズ・家族』を水曜20時台でスタートし、ゴールデン帯での自社制作のドラマ番組を約9か月ぶりに再開したが、視聴率の不振を理由に2000年9月を以って終了し、2年9か月間の歴史に幕を閉じた。そして、翌2001年1月からは系列BSデジタル放送局「BSジャパン」との共同制作によるテレビ東京としては初の2時間サスペンスドラマ枠となる『水曜 女と愛とミステリー』の放送を開始、手堅い作劇と豪華キャストを武器に脆弱となっていたドラマ部門の再興に成功した。その後、2005年4月からは『水曜ミステリー9』に改題されると共に地上波でのフライングスタートがなくなり21:00開始に変更された。結果的に放送時間が旧女と愛とミステリーより6分短縮し、レギュラーの2時間ドラマ番組では最も短い108分枠となった。
なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビとも提携関係にあった。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていたこともある。東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していたこともあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた。1983年にテレビ大阪及びテレビ愛知による「メガTONネットワーク」を形成して、1985年にはテレビせとうち が開局した。その後、1989年にテレビ北海道 が開局することが決定していたため、「北海道」の「H」や「札幌」の「S」では合わないために名称をテレビ東京のコールサイン「JOTX」から取ってTXNに改めた。そして、1991年にTXN九州が開局することにより、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割をカバーしている。
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