関連会社と恣意的な表現規制
一般社会へのインターネットの普及が進むにつれ、契約宿泊施設数と利用者数が順調に伸び、1999年までには日本のインターネット宿泊予約サイトでトップシェアを誇るようになる。2000年になると、ムーミンに登場するキャラクターであるスナフキンを起用した新聞・交通広告が登場し、より知名度の浸透を図るようになる。その一方で、宿泊施設総合予約サイトとしては独走状態が続く中、2000年代に入ると他社が相次いで宿泊予約総合サイトを立ち上げ、パイの拡大と奪い合いが繰り広げられるようになる。元々「楽天トラベル」は楽天により2001年に開設され、「旅の窓口」と競合するとともに海外旅行分野も取り扱うサイトであったが、規模としては「旅の窓口」に見劣りする状況であった。しかし、楽天によるM&Aにより規模を拡大。2003年に安定した収益のあるマイトリップ・ネット株式を日立造船から323億円で買収し、2004年に「旅の窓口」は「楽天トラベル」に法人・サイト共に統合した。また、楽天がツアーバス企画販売を手掛けるスター・ツアーズ・ジャパンを買収して楽天トラベルとサービスを一体化して今日に至っている。2006年には全日本空輸との合弁によるダイナミックパッケージ「ANA楽パック」の事業会社として、楽天ANAトラベルオンライン株式会社を設立している。なお、「旅の窓口」設立者である小野田は日立造船からマイトリップ・ネットが独立する際に「旅の窓口」を去り、旅の窓口とは運営手法が異なる宿泊予約サイト「ベストリザーブ」を新たに設立している。
テレビ東京に商号が変更された1981年以降、レギュラーのドラマ番組が時代劇のみとなった時期もあったが、1986年に1話完結の1時間ドラマシリーズ『女の手記』が新設され、現代劇の放送を再開した。1988年春の改編で「女の四季」から放送枠を引き継いだ1話完結のサスペンスドラマシリーズ『夏樹静子トラベルサスペンス』→『月曜・女のサスペンス』の放送時間拡大SPでは所謂2時間サスペンスドラマの放送も実施しており、「夏樹静子トラベルサスペンス」枠の初回SPとして1988年の4月に放送された「青函特急から消えた男」は、テレビ東京が初めて自社製作した本格的な2時間サスペンス作品でもある。バブル期には、折からのブームに途中乗車する形でトレンディードラマの制作に進出したこともあったが、好結果を収めた先発局のそれとは対照的に、視聴率が振るわず、その試みは短期間で頓挫した。1990年代には小説などを題材とし、映画監督などを監督とした『日本名作ドラマ』シリーズといった意欲作も手掛けている。資金・製作ノウハウの絶対的な不足に苦しみながらも好評を博した作品が少なくなかった旧東京12チャンネル時代とは対照的に、5番目の民放ネットワークとして再出発した80年代初頭からの十数年間はこの分野で確たる実績を挙げる事ができなかった。製作能力の低下が極限に達したとされる95年にはゴールデンタイムの番組であるのにも関わらず1%台の視聴率を連発。先発局並みのキャスティングと作劇で舞台を月曜21時枠に移して挑んだ『刑事追う!』・『事件・市民の判決』も強力な裏番組を相手に完敗。但し、主に木曜洋画劇場枠で特別企画として不定期放送されていた単発作品には高視聴率を記録した物もいくつかは存在する。
製造業においては、企業は外部からさまざまな原価財を購入し、製品を製造するためにそれらを消費し、直接材料費、直接労務費、直接経費、製造間接費が発生する。さらにそれらは仕掛品、製品に変化していく。製品が完成した時点でそれらの原価は製造原価として把握されるが、ここまでは資産なのである。つまり、資産は利益を得ることを目的に行われた努力のうち、まだ利益を生み出していない、生ける原価と見なすことができる。そして、製品が販売された時点で、製造原価は売上原価となり費用として認識される。つまり、利益獲得という役目を果たし、死せる原価になるのである。資産は、貸借対照表の借方の「資産の部」に計上され、流動資産、固定資産、繰延資産の3種類に区分される。流動資産は、通常1年以内に現金化・費用化ができる資産である。現金預金、受取手形、売掛金、棚卸資産、前払費用などの会社の通常の営業取引の過程で生じた資産には、正常営業循環基準が適用され、原則として流動資産に分類される。有価証券や貸付金などについては一年基準が適用され、決算日後1年以内に現金化できるものが流動資産に分類される。流動資産のうち、高い確度で短期間での現金化が見込める資産を当座資産として分類する場合もある。金銭債権の貸倒見積もり額である貸倒引当金は、マイナスの資産として計上し、資産の総額から控除される。
なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビとも提携関係にあった。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていたこともある。東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していたこともあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた。1983年にテレビ大阪及びテレビ愛知による「メガTONネットワーク」を形成して、1985年にはテレビせとうち が開局した。その後、1989年にテレビ北海道 が開局することが決定していたため、「北海道」の「H」や「札幌」の「S」では合わないために名称をテレビ東京のコールサイン「JOTX」から取ってTXNに改めた。そして、1991年にTXN九州が開局することにより、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割をカバーしている。